今から約35年程前の1960年代、ちょうど私が高校生の頃にモダンジャズが流行った。京都にも結構沢山”モダンジャズ”を聴かせる喫茶店が在った。

  通称 ”シャンクレ”と呼ばれた河原町荒神口にあったシャンクレール、室町通り今出川下がるの ”ビッグ・ビート”、西木屋町の”ブルー・ノート”他にも何軒ものジャズ喫茶が在った。

 それらのジャズ喫茶では皆んな静かにうなだれて深刻な顔をして音楽に聴き入っていた。
それがまさに、その当時の悩める学生の姿の象徴の様に…。

 それらの店は同時にオーディオ(当時はステレオと呼んだ)、音楽を鳴らしてくれる装置にも凝った店が多く、真空管の ”マッキントッシュ” ”マランツ”のアンプ、JBL(その当時はジムランと言っていた)、又はアルテックのスピーカ、カートリッジは”オルトフォンのSPU"だの”シェアー”だの。

 その当時はCDもコンパクトカセットもない、テープはツートラサンパチと呼んだ大型のテープデッキそれらを眺め涎を垂らしながら, 騒いでは周りの人達から「しー!」と軽蔑を込めたお叱りを受けた。

 丁度真空管からトランジスターに変わる時期で、 今よりは技術的には古いが、決してお粗末では無かった。
逆に今の方がお粗末かもしれない。絶対にお粗末だ。何につけても…。
 当時はJazz 全盛でレコードも沢山出ていたし、アーティストも来日した。


オスカーピーターソン・トリオが京都へやって来たのは、そんな時だった。
たまたまお金が有って、前売り券を買った。
喜び勇んで(ハッキリ言ってオスカーピーターソン・トリオは好きじゃなかったが、有名人のライブが聴けると京都会館へ出かけた。
第一か第二か知らないが、小さい方のホールだった。
会場へ入ると僕の席からはピアノが小さく見える。演奏しているオスカーピーターソンの顔なんて分からない。
クラッシック音楽ならそれでも良かったが、

「何だこれは!これなら好きな演奏をレコードで聴いた方が良いじゃないか!」

むらむらと怒りがこみ上げて来た。金を払って頭に来て。日頃のジャズ喫茶の深刻ぶりとこの日の怒りが重なって

「もう、止めた」 とそれ以来Jazzとはおさらば !


話は突然ニューヨークに飛びますが…。

  心からJazzを楽しめる店を見つけた時は嬉しかったね!。店の名はスラッグス

session 2004 F30