ジャズ狂いの高校生の僕が一寸したことがきっかけでジャズが嫌いになり、
時を得て本格的なジャズシーンに出くわした。
 1968年枯葉マークのジャズ界だったが、人気とか流行じゃない世界がここ N.Y.Cに有った。
ほとばしる魂が無ければ駄目だ、何事も!

僕がニューヨークへ行ったのは、コルトレーンも死んで、Jazzも少し下火になった頃。
 ニューヨークへ来たのだからJazzでも聴くかと、知り合いに教えて貰ったのが ” Slugs。
僕たち日本人が持っていたジャズのイメージが払拭される体験をした。

 日本でも有名な”ビレッジゲート”にも行った。が、スラッグスやドムで聴いた、
否、体験したジャズは全く違っていた。


 スラッグスでは色々な人々と知り合った。
近くで演奏している Jazz Men 達の溜まり場でもあった。
入り口は狭く、昔の鉄道の改札口の様な(?) カウンターがあった。そこで入場料を払う。
すると海兵上がりの、でかくて怖そうな親父が手の甲にスタンプを押してくれる。
 再度入場するには手の甲を見せればOK。
席に着くと何か飲み物をオーダしなければならない。 ミニマムのオーダが決まっていて、
入場料の他に飲み物を一から二回オーダするのが決まり。



 ヴィレッジに在る,日本でも有名なバーとは色々な意味で、このスラッグスは違っている。
所在が ”FAR EAST”で 、ヴィレッジから離れている事、これは実際の距離以上にココが
”Second Ave.”を越えた、決して安全とはいえない地域であること事から
Jazzの大好きな人間,マニアが多い。
夕方のオープンから午後10時頃までは白人もいるが、午後10時を過ぎると
黒人の客ばかりになる。

 この近辺ではこの店が一番おそくまで開いている(am:3:00頃迄)。
時には4時頃まで開けている事もあった。一番近い”DOM”で演奏していた連中、
近くに居るJazz Men 達が飲みに来る。
午前になれば、もう仲間内のパーティみたいな物だった。



 ビレッジゲートは白人客が圧倒的に多かった。入場料も高かったと思う。
店の広さもスラッグスの約4〜5倍、いや、もっと広かったかもしれない。
ステージの高さは1mほどの高さだった思う。


 スラッグスは半分の50センチ以下位。だからスラッグスでは演奏しているアーティスト達が気楽に ほい と降りてくる。
     
ビレッジゲートに入場するのには予約をするか、時間帯によっては店の外に並んで空きを待つ。
演奏の合間にはパントマイムやコメディーのショーが有り、もう一度演奏が有ってそれで終わり。
居残ることは出来ない。Jazz Men が客席に降りてくることも無い。
 この点スラッグスは客にとっては好都合で、ちゃんとした楽屋も無いのか、演奏の合間の
休憩時間はみんな降りて来て、適当な所で飲んでいる。
 一緒のテーブルに座った黒人の親父が「お前エルビン好きか?」と聞くので「勿論!」と答えたら
「お前の好きな物一杯奢るぞ!」
 
 Jazz とは本来こんな店で、家族的な雰囲気の中で仲間うちで演奏されていたものだろうと
実感した。日本のホールでの演奏は最早Jazzでは無いと言い切っても良い。







エルビン・ジョーンズの事は、彼がジョン・コルトレーンのドラマーとして活躍していた頃から名前は知っていた、演奏も勿論レコードで聴いていた。
彼は僕の好きなドラマーの一人だった。

 ステージから一番遠い席でエルビンの演奏をうっとり聴いているアジア人女性と知り合った。
彼女はエルビンの奥さんで日本人だと知った。それから僕と彼等との交際が始まった。
 エルビンは暖かく僕を迎えてくれ、又彼の友人達も僕を仲間として迎えてくれた。




このチラシはコルトレーンの”MEDITATIONS”等、一連のコンテンポラリーな曲で競演したファラオ・サンダースが”ドム”で演奏していた時に、サインして貰ったもの。





 ここは”ゴー・ゴーダンスのメッカとして世界中に知られた所。
この地下にJazzをやっている DOMがある。
私が訪れたときはコルトレーンの"Meditation"でアルトサックスを吹いていたPharaoh SandersがGeorge Braunのグループで演奏していた。

ファラオが演奏していた"Dom"の住所。
ゴーゴーダンスで世界的に有名な ”エレクトリックサーカス”
この地下にドムは有った。
ステージらしい物は無い、私がここを訪れた時は観客が多くて、客席も折り畳みのイスが沢山出してあった。
 そこにも座りきれない人々が立ったままで演奏を楽しんでいた。







 スラッグスには夜な夜な色々なミュージッシャンが演奏を終えて飲みに来ていた。その中の一人だった
ジョージブラウン(George Brawn) が自分のバンドの演奏をしている”Dom"の
住所、ファラオとの競演の日を書いてくれた。
 Domで演奏しているときはアフリカンルックだったジョージがスラッグスに現れたときは
燕尾服にシルクハットで、驚かされた。
 その後は勿論彼の格好を見て「何が有ったの?」なんてみんなで冷やかして…。
見たところ厳つい、取っ付きにくそうなジョージだが、結構面白い男で、
怖い顔をしながらみんなを笑わせていた。
 それにとても親切で、一寸サーヴィス過剰気味だと思ったが、
恐ろしい顔をした彼の親切は凄みと真摯さ(?)があった。でも、最初は真剣に恐ろしかった。
でも話しているうちに彼の優しさが分かった)



コルトレーンのバンドの時からエルビンと一緒のベーシスト Jimmy Garisonのサイン


時には驚くような事が有った。左のサインを見て貰えば分かるが、僕にとっても過去の人、
だと思っていたアート・ブレーキーが居た。紹介されて思わず
「えー、あのアート・ブレーキー?」と声を上げるほど驚いた。
もうとっくに亡くなっていたと思って居たのに(ブレーキーさん失礼)。
 彼は僕が京都から来たと話すと嬉しそうに、昔京都へ行った。ベラミで演奏した。
日本の女性は素敵だと、おっしゃっていました!?